そんな2月のうつ状態(16)
祖父、逝去。
ボロボロの状態から超回復したのは、ほんの数日前。祖父を送り出すために、悔いのない実力を発揮することができた。その事実を思い返し、胸をなでおろす。
ここではそんなうつ病にされたサラリーマンが緩やかに自分を取り戻していく様を、時系列に沿ってご紹介します。
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遺した日記から読み取れる2月終盤のうつ傾向
祖父逝去
2/23 眠剤なし 問題なし
―――当時の記録(日記)より抜粋―――
祖父逝去 朝4時に訃報 寝られず過ごす
車の12ヶ月点検
パーティーライブへ出演 終了後即帰宅
2/24 眠剤なし 問題なし
自宅 翌日からの通夜の準備 忙しく過ごす
弔辞の原稿を夜中1時まで書く アルコールを飲む 寝落ち
2/25 眠剤なし 問題なし
通夜 忙しく過ごす 泊まり
2/26 眠剤なし 問題なし
告別式 忙しく過ごす 無事終了
帰宅
祖父が逝去しました。
弔辞を担当するのは自分です。直前で一気にまともな精神状態へ戻って来られていて、本当に良かった。
2/27 眠剤なし 問題なし
―――当時の記録(日記)より抜粋―――
車の引き取り
2/28 眠剤なし 問題なし
ゴロゴロすごす
その後も睡眠剤なしで、問題なく過ごしております。
何事もタイミングだな、という事例
訳あって、何かあれば自分が弔辞を述べる立場にあります。
ほんの数日前にまともな状態まで超回復して、本当に良かった。これがまだボーっとした状態のままだったら、とてもではないですけど原稿の作成が間に合わない。ボロボロの状態で弔辞を述べることになっていたでしょう。
何事もタイミングだな、という事例です。
これがまだメンタル絶不調だった頃なら、きっと原稿を前にただ泣いていたことでしょう。頑張れば何とかなるという状態ではない。頑張れないし何も浮かばない状態なのです。
文章を作る。大勢の前で喋る。かつて本を書き、歌を唄って生きることを目指していた自分にとって、造作もないことです。本来の自分に戻って来てさえいれば。
たまたま直前に戻って来られた。それにより、今までの人生において積み重ねて来た自分の全てを、弔辞として表現し、爺さんを送り出せた。こんな素晴らしいことはない。
爺さんには本当に可愛がってもらいました。今の自分のルーツは爺さんにあると言っても過言ではない。そのくらい自分の人生に影響を与えてくれた人物です。
こんな入れ替わりみたいなタイミングで帰って来られたのは、もしかして爺さんがこちら側へ戻してくれたのではないだろうか。そう、思ったりもします。
最後の最後までお世話になりました。ありがとうございました。
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