路上演奏を聴いてもらうための理由付けについて考える

2020年3月26日

 路上で演奏する。

 逆の立場で考えれば、見ず知らずの人の演奏を立ち止まって聴くのって、結構ハードル高い。

 これは40を過ぎたおじさんが良く分からないまま路上で演奏することを目指していくブログです。

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路上演奏を2回ほど行って気付いたこと

 和歌山駅前で昼間の路上演奏を無事終えた40代のおじさん。若干思うところがあります。

 たとえ拙い演奏であろうとも、たとえギャラリーが付いていなくとも、とりあえず一瞥はする。見てはくれるのです。立ち止まるかどうか。その違い。

 ではどうしたら立ち止まってもらえるのか。

 演奏が上手くて立ち止まってもらえるのが、もちろん一番良い。だが自分も含め、このインスタント音楽ブログの読者諸氏においてはそこまでの技術力はないことを前提とする。

 もう一度言おう。どうしたら立ち止まってもらえるのか。

 逆の立場で考える。自分が通りすがりの通行人であったとする。演奏している人物、曲に興味がある。ギャラリーはゼロ。果たして目の前に立って曲を聴く勇気があるだろうか。大多数の方が同じ意見だと思う。答えはノーである。

 そう、立ち止まってもらうための理由。何か理由があればよい。

>> 岐阜駅前で歌ってみた時の動画はこちら
>> 和歌山駅前で歌ってみた時の動画はこちら

路上演奏をほんの少しだけ立ち止まって聴いてもらうために必要なもの

 立ち止まってもらうための理由を考えてみます。

 上級者、神経が図太い方、生まれ持って育ったパリピ感のある方なら、声をかけてしまうという手もある。もしくは即興で目の前の人を曲にして歌ってしまうなど。

 そんな技術を持っている方であれば、そもそもこのような記事を読む必要などあるまい。却下。

 見て欲しい。でも声は掛けられない。そんな昭和の女学生のような奥ゆかしさを持って路上に立つ我ら初心者共に提案したい。

 何か目を引くギミックを考えたらどうだろうか。

 例えばポップ。例えば投げ銭入れ。

 ポップはちょっとハードル高い。出来れば少々演奏に自信もついた中級者クラスになってからにしたい。そうすると、適当なのは投げ銭入れだろうか。

 通行人目線で考えてみる。ちょっと気になりますよ。でも自分を立ち止まらせるだけの理由がないですよ。おや、投げ銭入れがある。投げ銭するためには近づかなければならない。べ、別にあんたの演奏を聴きたかった訳じゃないのよ。ただ可哀そうだから投げ銭を入れてあげに来ただけなんだから。

 これだ。これですよ。

 こんなこと書いてますが、まだ実践したわけではないです。今度やってみようとは思ってますけどね。これからこれから。

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